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風と雪と菜の花

風と雪と菜の花

和泉敏之

2020年1月

私は目を覚ました。隣で寝ていたユキとミユは私より一足早くベッドから起き上がり朝の時間を過ごしていた。なにやら美味しそうな香りがする。ユキが朝食を作っていた。普段着である胸のところまで大きく開いた白い1ピースを着ており、そこにエプロンが目立つ姿で腰かけている。


「おはよう」「おはよう、レイニー! よく眠れた?」「ああ」たわいもないいつもの会話が私の心を落ち着かせた。「ミユは?」「シルヴァと散歩に出掛けたよ。朝食までには戻ってくるって」シルヴァとは昨年であった魔物の末裔である。傷ついた姿で私たちの前にあらわれ、魔法により不完全ながら意思疎通を図った。ユキが彼を引き取ると言い、介抱してやった。そこから彼は彼女によくなつくようになり、いまでは我が家の一員である。彼はいくらか人を寄せつけないようなサイズの狼のようであり、しかし優しい目から人間を襲ったりはしないということがすぐに伝わるような雰囲気をもつに至った。ユキがしっかりと人間とどのようにコミュニケーションをとるか、彼に教えたのである。その甲斐あってか、彼を魔物だと恐れる町の人はおらず、私たちの家族の一員として、受け入れてくれている。


「ただいま!」ミユが帰宅したのがすぐに分かった。遠くからでも声だけでその笑顔を想像することができるような天真爛漫な性格をしている。シルヴァと一緒に教会の隣の居住スペースである部屋に帰ってきた。おかえり。ただいま。母と娘は笑顔で呼応し合った。パパもただいま。おかえりみゆ。私も少し笑顔を見せて愛すべき娘に挨拶をした。今からご飯だよ。パンと野菜とスープ。今日のスープは珍しいものなんだ。ユキが料理のことについて説明した。何でも遠くの街でとれる、カレーと言う香辛料で出来ている液体のスープらしい。ユキは料理が本当に好きだから、私たちも交代で料理はするのであるが、特に彼女の担当のときは私たちは大いに食事を楽しみにするものである。


料理が色とりどりにかざりつけられたテーブルに私たちは腰掛けた。少しの時間をお祈りをして、こういって食事が開始される。いただきます。カレーというスープはなかなかスパイシーな辛さのある味わいだが、決して悪くなく、私はすぐにたいらげた。パパどうして感想を言わないの? 私はハッとしてしまった。せっかく妻が珍しいものを作ってくれたのに、食べることに集中してしまい、美味しいだとか確かに感想を言わなかったのは事実である。私があっといいユキを見つめると彼女は目をひらがなの「へ」の形にして笑顔を作り、美味しかった? と聞いてくれた。すごく。私はそう照れながら返した。ママの料理が一番だね。ミユも笑顔を見せた。彼女が悪意があって私に感想を求めてきたのではないのは明白であった。食事の時のコミュニケーションほど、家族が安心して話せる時間はないであろう。私たちの娘もそれを人一倍実感していた。格別に私たち夫婦に気を使っているわけではないが、自然と私たちが良好な関係を継続して行けるように声かけをするのがこのミユという少女である。ユキは母親というよりかはまるで年齢の近いお姉さんのように自由に接して来た。それを娘はたいそう喜び、この2人の仲の良さは町中でも有名な位である。


私と言えば、この2人の暖かく強い女性たちに時折圧倒され、時折驚かされ、しかし暖かく見守るようなそんな立ち位置であると自分では考えている。勿論決して良好な関係でないということにはならない。私は一歩引いた形にはなるが、彼らが今日はどんな話をしてくれるだろう、どんなものを見せてくれるだろう、そう楽しみにしながら毎日を送っているのである。情けない父親であるかもしれないが、こんなに彼らに優しさを分けてもらっている。そのことだけで充分家族として嬉しかった。人はある人とある人が語り合うことを見つめながら、またその自分をその語りあいの中にそう身を寄せていくのであろう。このように語りあいを接近するようなしかし一歩離れているような距離感で見つめていることが実は何よりもその語りあいの中の一員として機能しているのではないか、そう思うことがある。ともかくもユキとミユはむろん私は排除なんかせず、程よい距離感の中で私たちとして迎え入れてくれているのである。 ミユは、彼女は菜の花みたいである。明るく周囲を照らす、母親譲りの光る笑顔で皆を喜ばせる。これが私たちの日常の一光景である。


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